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公的年金、保険料下げを

景気刺激へ所得増 将来は年金消費税が有効


  1. 経済活性化に向け公的年金の保険料を直ちに引き下げ個人の恒常所得を増やし企業の年金負担を減らすべきである。年金の黒字を個人と企業に戻すのだ。引き下げ後、最低十年間、保険料は据え置ける。

  2. 一方で、基礎年金の財源に、目的税として既存の消費税に上乗せする「年金消費税」を導入すべきだ。その場合、保険料はさらに引き下げられる。同時に専業主婦や学生の保険料問題なども解消できる。

  3. 官の側にこうした政策を求めるのは無理で、政治に期待がかかる。


納付超過分を個人などに還元

 政府は昨年、景況判断を誤り、財政構造改革の集中3ヵ年計画に強行着手したが、ヤクルトの野村監督と巨人の長嶋監督の顔を見間違えるほどの極端な迷走だった。昨年11月以降経済は政策デフレの様相を呈し、不況が深刻化している。

 日本経済再生のためには、透明性を確保しながら不良債権を迅速に処理することが最も重要だ。同時に雇用不安・将来不安の解消につながるような、効果の大きい経済活性化策を打ち出すことも必要だ。本稿では後者の施策の一つとして公的年金の保険料引き下げを提案したい。 保険料引き下げが必要かつ妥当な理由を指摘したうえで、保険料引き下げ後の年金に関する不安の解消策について説明する。

 経済活性化策として有力視されているのは恒久減税であり、年金保険料引き下げを求める声は現在、皆無に近い。しかし、今年度予算(補正後)によると、所得税は19兆円、法人税は15兆円の負担だ。一方、社会保険料の負担は本人分26兆円、事業主分29兆円の見込みであり、所得税や法人税より重い。

 ちなみに所得税よりも高額の年金保険料を納付している国民が圧倒的に多い。それなのに、なぜ減税ばかりを求め、年金保険料引き下げを論議しないのであろうか。

 日本の公的年金は総額で今年度7.5兆円の黒字の見込みだ。黒字は給付支払い分を超える金額であり、民から官への上納金である。その黒字分はここ数年、低利での運用を強いられている。財政投融資や還元融資の原資となった過去の黒字分(年金積立金)も不透明な部分が多く、不良債権化してしまった部分が少なくない。年金保養施設など無駄遣いもいくつか指摘されている。

 このような官の無駄遣いはもはややめるべきではないのか。官に余分な資金はもたせない。そのような資金はすべて民に返し、民の手元に残る資金を可能な限り厚くするのだ。国民の実質所得がマイナス成長となっている現在、実質手取り所得を増やす施策が消費拡大のために不可欠である。



引き下げは米でも検討中

 米国でも公的年金の積立金は累増中だ。ただ、その使い方はかねて問題視されてきた。今年3月には民主党のP・モイニハン上院議員がR・ケリー上院議員とともに公的年金保険料を2%引き下げる一方、引き下げ分を民間の個人年金勘定に積立てる法案を議会に提出した。

 モイニハン議員は共和党のR・ドール議員との間で83年の年金改革法をまとめあげたキーパーソンである。83年以来の年金大改革が年末にも米国では予定されている。

 日本の厚生年金を例にとると、今年度の黒字5兆円は保険料換算で4%弱(労使込み)に相当する。黒字分だけ保険料を引き下げると、その恩恵はすべての青壮年層に及ぶ。しかも減税・公共事業拡大と異なり、財政赤字は増えないのである。

 将来の財政不安を抱えている公的年金の保険料を引き下げて大丈夫かという反論もあろう。心配無用である。年金保険料は今後少なくとも10年間は引き下げたままでよい(したがって保険料引き下げは確実に恒常所得を増やす)。以下その理由を述べる。

 年金に関する不安の主因は、保険料負担の世代格差が大きすぎる点にある。厚生年金の場合、現行の保険料17.35%を将来34.3%まで引き上げる必要があるかもしれない(選択肢の一つとして)と政府はいう。

 ただ、この利率は現行の給付水準を変えず、国庫負担率も不変と仮定して算出されたものだ。年金の国庫負担のあり方を根本から見直したり、給付を調整したりすれば、ピーク時の料率は現行水準以下に収まる。

 政府は国庫負担の議論を避けたがっている。むしろ世代間の負担格差を縮小させるためと称して、年金保険料引き下げの実施を繰り返し求める一方、給付カット・物価スライド停止に向けて大キャンペーン中だ。その背後に、従来より多額の年金積立金を政府が握り、その使途に影響力を行使したいという意図が透けて見えるのである。

 保険料引き上げにより、現役組の手取り所得はさらに減り、企業経営も圧迫される。沈みかけている日本経済の足は確実に引っ張られる。加えて物価スライド停止、年金給付カットで老後への不安はますます深刻化するだろう。

 現在、基礎年金給付の3分の1が国庫負担となっており、残り3分の2は保険料で賄われている。その残り分を目的税としての年金消費税(仮称、既存の消費税に上乗せする)で賄ったらどうなるか。98年度を例にとって粗い試算をしてみよう。

 基礎年金給付は総額12.8兆円だ。その3分の2(8.64兆円)の財源を保険料から年金消費税(税率3.2%)に置き換える。年金保険料はその分さらに引き下げ可能となる。(厚生年金の場合4.3%)。給付総額が不変だから国民全体としての負担は変わらない。

 財源の切り替えで変わるのは、個々の年金負担だ。総じて現在、年金保険料を負担中の人や企業の年金負担は減る(年金消費税を考慮したネットベース)。

 ちなみに自営業等に課されている定額の年金保険料は事実上なくなる。事業主負担も大幅に減る(年間で3.3兆円)。典型的なサラリーマンも専業主婦世帯で年間1.1万円、夫婦共働きで年間1.9万円の負担減(ネットベース)となるだろう。

 負担増となるのは年金消費税を新たに負担する年金受給者だ。ただ、その負担増のおよそ九割は物価スライドの実施により、給付増の形で返ってくる。受給者団体はスライド維持、国庫負担の拡大を求めているので、財源切り替えに強い反発は示さないだろう。



専業主婦らの問題も解決へ

 基礎年金の財源に年金消費税を投入すれば、従来の懸案(逆進性の高い定額保険料制、保険料未納・未加入の問題、専業主婦ら第三号被保険者の問題、学生の加入問題、膨大な事務費負担など)はすべて一挙に解決できる。仮にミーンズテスト(資産調査)が導入されるとしても、過去の拠出記録は尊重される。大幅な給付減の恐れは当面ない。

 加えて賃金比例の年金部分は給付を徐々に調整する。例えば満額年金受給要件を45年加入に改めたり、既裁定年金の物価スライドなどがその具体例である。

 基礎年金の財源切り替え、及び給付調整により厚生年金の保険料のピーク時においても現行水準以下に収まる。代わりに年金消費税の負担(現行消費税への上乗せ税率分)はピーク時5〜6%になるだろう。

 要するに年金保険料をまず引き下げる。そして引き下げたまま年金保険料は可能な限り長く据えおく。同時に、今後における公的年金の負担増は主として年金消費税の導入・増税で賄う。年金保険料を再び少しずつ引き上げるのは10年以上先でよい。手取り所得を確実に増やすことが先決だ。そうすれば個人年金勘定での積立ても可能になるのである。

 これはすでに欧米主要国で採用された考え方だ。公的負担は国民の大半にとって今後当分の間、実質減になる。年金の将来不安も大方は解消するだろう。

 消費税の増税は今、悪者扱いされている。ただ、消費性向は昨年夏には過去の趨勢値まで回復した。消費税は所得税や社会保険料より経済成長の阻害度合いが小さい。

 生涯にわたる負担の平準化も消費税には期待できる。益税を解消したり、インボイスを導入すれば、年金消費税の導入、及び「引き上げるなら保険料ではなく年金消費税」との考え方が国民多数の支持を得るのではないか。

 年金消費税は官僚任せでは導入できない。政府は94年の国会付帯決議を軽視し、昨年6月の閣議決定で、一方的に年金国庫負担問題の検討を事実上10年間先送りしてしまった。政治家に英知と先見性のある指導力発揮を期待したい。

(一ツ橋大学教授 高山憲之)

平成10年7月24日 日本経済新聞