雑煮椀児にはいささか大きかり
ひき残す葱の青さや雪もよひ
初春や白砂光る庭の面
万両のさえたる赤さ詩千堂
紅を濃くさして恙の初鏡
陽を吸ひてまことに朱し木守柿
僅(わず)かなる賀状しみじみ読返す
いたましや人の訃を聞く寒の入
朱の橋に日矢をまぶしみ初詣
正恵方と聞き詣づるや加茂の宮
【札幌 雪まつり 七句】
足踏みをしつつ馬橇(そり)の客を待つ
雪像の鬼の鼻にもつららかな
夕映えの大雪原に佇ちつくす
こまやかに風花まとふ時計台
活気あふるる屋台が並ぶ雪まつり
爪先にしみるつめたさ雪深し
昃りてクラーク像の背ナ 冴ゆる
梅の香にひたりてあれど恙かな
薄紙をはがせば雛(ひいな)匂ひたつ
うきたちて降りたる駅や梅寒し
梅林の土黒々と日をふくむ
芝を張る背ナ を春光包むなり
如来像つやめく思ひ木の芽風
賑はへる茶店よ馬酔木も盛りなる
湧水のにじむ岩肌落椿
【薬師寺 七句】
仏の慈悲たのみて花に詣でけり
うららかや香華にひたる薬師仏
砂利踏める足音(あおと)もかろし花の寺
奉仕する法被(はっぴ)の衆や花会式
晴れてきて鴟尾(しび)のまぶしき花の寺
寺庭につづく裏畑蓬萠ゆ
伏し拝む仏に花の明りして
白豪寺ぼとりぼとりと椿落つ
落椿びっしり濡るる寺の庭
よべの雨に伸びしと思ふ松葉独活(うど)
ゆすらの花こぼるるさへもさみしき日
(口転)を遠く聞きをり輸血受く
【橋本関雪邸 五句】
泉水をみどりに染めて若楓
薫風や石塔の苔しづくして
竹林の石仏めぐり夏の蝶
走り茶の香りいただく宇治の晴
小扇を撰る楽しさも京なれば
トマト苗選ぶ夫の背たのもしも
葉がくれに数へる程や梅不作
【法然院 二句】
谷深き墓地のしめりや夏の蝶
雨あとの青葉まばゆく匂ふなり
【円照寺 三句】
花言葉にひかれ立波草に跼む
茅葺きの軒深くして青葉の香
縁に坐し青葉の匂ふ深廂
啼きすめる野鳥に梅雨の晴るるなり
せはしげに晴間をよぎる梅雨の蝶
紫陽花や雨をふくみて色を替ふ
降り足りし雨に紫陽花彩深む
熟れ実梅(うめ)に庭茫として雨催ふ
紫陽花や庭下駄いつも湿りをり
取りのこせし実梅の熟れ香昼の月
不況なる世をかこつなり金魚売り
同病の友の訃報や梅雨寒し
竦韮(らっきょう)の掃除に飽きのきたりけり
かたつむり箱をいとひて這ひ出せる
山上や胃の腑にしみる冷し汁
むせてゐて蚊遺火の香のなつかしも
七夕や願事そっと子がもらす
郵便夫したたる汗をふきもせで
青田波寄せてゐるなり無人駅
【天神祭 五句】
黄昏れてよりの賑はひ祭船
高潮にのりてゆらりと渡御の船
船渡御や夕べの風もほめきゐて
(大林ビル29階より)
見下ろせるどんどこ船の人小さし
祭囃子の中に開かるにはか句座
【鳥羽海岸 四句】
浜日傘の影借り足をのばしけり
灼け砂を嬉々と踏みゐて童心に
泣きながら児のしがみつく浮袋
遠目にも派手なる嫁の海水着
食べ頃の白桃届く夏見舞
掃苔(そうたい)や水なみなみと古手桶
ゆるき磴(とう)あへぎ登るや萩の寺
秋の夜や旅土産なる土鈴振る
夫遅き夜なればちちろ親しとも
【信濃の旅 十二句】
たわわなる林檎よ樹下に眩しめる
刈りかけし稲田の中や忘れ傘
秋深し渡ればきしむ河童橋
錠おろす山の宿なり露深く
真紅かなし実を噛みにがし七かまど
満々とダム水蒼み秋深む
薪積みて軒埋む宿冬近し
星月夜山肌荒き穂高岳
花蕎麦の明りに佇ちて山仰ぐ
白樺林ややに黄ばみて秋の風
いたはられ夫の衣を借る秋時雨
朝寒や駅の木椅子のしめりゐて
母育てし鈴虫の声さびてけり
鈴虫を手塩にかけて母老ひぬ
鈴虫の音に憑(つ)かれつつ生家去る
【鞍馬 十一句】
九十九折の参道しめり秋深む
そそり立つ老杉の闇冷やけく
磴に座し呼吸(いき)ととのへる紅葉冷
求めたる土鈴の音色秋深む
牛若の昔を思ひそぞろ寒
秋時雨扉とざして冬柏亭
径けはし秋の時雨に濡れし冷
柏手を小さくうちて神の留守
北山の杉の秀(ほ)くらめ秋時雨
鄙(ひな)の宿夕べの落葉焚きてをり
落葉焚くその香にむせびゐたるなり
【越前海岸 五句】
冬うらら水仙郷の農婦美(は)し
暖冬といへど水仙まばらにて
小春日や寄岩にしぶく碧き潮
茹蟹をひさぐ夫婦に日短かし
雪吊りの手さばきのよさ見つめをり